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ラストワルツ

学生の今シーズン最後の九州大会がありました。四年生にとっては、九州最終戦。この時、上級生を送り出すセレモニーをラストワルツとよんでいます。ですから、上級生達を送り出す下級生達にとっても、とても感動的な競技会なのです。もう、16年も前のことです。僕と容子先生も、当時4年生と2年生(部歴は1年)のコンビで、この最終戦でチャンピオンになりました。
彼女が入部して来たのは、ダンス部が廃部危機に揺れていた秋の頃でした。僕は当時3年生で先輩が2人、後輩の2年生が1人の4人の部でした。そこに彼女がやって来たのですが、『嬉しさ』と『どうしたものだろう』といった気持ちが半々だったのを覚えています。なぜなら、上級生がいなくなったあとの実質的な運営は不可能に近かったからです。とにかく、複数の、できれば5人以上の新入生の確保が絶対条件だったのです。12月に4年生が卒部して、2年生の女の子も見切りをつけ去って行きました。これで、2人となってしまいました。絶体絶命でした。なぜなら、仮に新入生を1人確保出来たとしても、その子をつなぎ止めておく為には人手が必要です。同時に新たな新入生確保は、もはや至難の業です。また、通常新入生勧誘時にはお金を出し合って色々とイベントを企画するのですが、二人ではもちろん資金も全く足りず、結局早い段階で僕も彼女も今までのお年玉等の貯金は、全部使い果たしました。資金のめどをつけるため、OBOGに資金を呼びかけました。人手確保に他の大学に支援してもらいました。しかし、5月になっても新入生は1人、彼女は胃潰瘍、もう・・・もう死に体。この状況で自分のハッピーなラストシーズンを想像することはできませんでしたし、考えてもいませんでした。ましてや、まだダンスすらしたことの無い彼女に、ほとんど教えてあげれていなかったのですから。しかし、不思議と二人ともあきらめていなかったのです。それが伝わったのか、そのたった一人の新入生の子が自ら勧誘を手伝ってくれたのです。ここから、怒濤の奇跡が始まりました。ゴールデンウィ−クを過ぎると、以前勧誘していた子がゾロゾロと入部して何と男子4人、女子4人の新入生達が。そこから、やっと練習に着手した僕たちは6月の大会でメダル圏内へ。ダンス経験の全くない彼女は、まだ入部半年ですから、この順位は今の学生達もとても驚きます。そして、夏が過ぎ、11月の最終戦の2週間前の大会。僕たちは、負けたのです。種目別では2位まで上げたものの、ここまでか?という思いでした。とにかく、疲れきって一週間は練習ができませんでした。しかし、ここで黙っていても次の大会は来る、そう思っておもむろに練習を開始しました。特に、強い気持ちだとか、奮い立たすだとか、そういったことは気持ちは特に無く、無心に近かった様な気がします。ここまでに、色々ありすぎたのかもしれません。そして、迎えた最後の大会。この最終戦は毎年異様な空気に包まれます。その日もそうでした。あたり全体が霞んでいる様な、そんな。自分の種目を踊り終えると、いつもと違う清々しさがありました。そして、いよいよ結果発表。このときには、何故でしょうか、もう呼ばれる様な気がしていました。それが『九州学生大会制覇』の瞬間でした。こんな気持ち良い瞬間があることを初めて知りました。そして同時に、支えてくれた色んな人々に感謝をする気持ちも溢れてきました。あまりに忙しすぎた一年だったので、すっかり忘れていたのですが、あとでOBの先輩にこう教えられたのです。『お父様に(卒部に対し)祝電を頼んだのだけど断られちゃった。今日が命日だったんだね。』。そう、5年前に亡くなった母の命日だったこと。これも、この奇跡物語の一つだったのかもしれません。
今日の学生に信じることを強く教えています。自分を諦めないことを。自分で考え乗り越える力こそ、最も大切な力だということを。
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ラストワルツ3

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